住まい・インテリア

2015年3月18日 (水)

仮住まい奮戦記

仮住まいに移転してきて65日が経過しました。新居まであと43日となり、60%消化したことになります。この間、特に最初の1カ月、仮住まいで様々な出来事がありました。

ようやく落ち着いた今日、どんな状況であったか、ここに記録しておきます。
以下、時系列に追ってみます。
引っ越しは1月13日でした。トイレのカギがかからない、応接間のドアがきちっとしまらない、電源盤が割れている、床板に傷がついているという現象が初日に確認されました。それだけならよかったのですが、これはこのあとに続くプロローグにすぎませんでした。
翌1月14日に、義祖母の部屋のエアコンの暖房が送風しか効かないことを確認。既設のエアコンをはずし、新居用のエアコンに取り換えるのに1週間かかりました。石油ストーブは持ち込み不可と言われ、年寄をもっとも寒い季節に暖房なしで過ごさせるのには胸が痛みました。新しいエアコンの取り付け費用は私持ちとされました。
16日の朝には、トイレの水が流れず逆流してきました。思いつく手当をしてみたのですがうまくいかず、修理業者を手配し応急処置をしました。しかし、2日後の18日再発。この時はさすがに仲介業者も現場に立ち会い、高圧洗浄を行うことで、ようやく正常に戻りました。トイレは日々のことなので、この事件はショックでした。
居間のエアコンが電池切れで動かなくなったり、洗濯機の水漏れ、ガスの火量調節がうまくできず作る料理が限られるとか、その後いろいろトラブルは絶えなかったのですが、1月30日に思ってもいない出来事がおこりました。
それは、前日の夜から小雪の降る日でした。朝駐車場に行ってみるとシャッターが雪の重さでダウンし車のボンネットの上に落ちているではありませんか。仮住まいの駐車場は軽自動車用だったらしく奥行きが狭く私の技術ではギリギリに入れるのが骨が折れるので、ノーズを少し出した状態、即ちシャッターを開けた状態で駐車していました。それがあの小雪の重さでシャッターが落ちたのです。新車として大事に乗っていたブルービートルのボンネットの真ん中がポコっと凹んだのです。これは悔しい。法律上は何も守られていないので、泣き寝入りするしかないのでしょうか?
そして最後の大事件となります。2月5日です。私がトイレから出た瞬間、後でガシャという音がしたのです。振り返ってみると、天井から電球が落ちて、床に粉々に砕け散っていました。トイレのドアを閉めた振動で電球が落下したのです。もしこれが頭の上に落ちてきたら大惨事になっていたのではないでしょうか?ここに至り、さすがに私達夫婦は身の危険を感じ、夜もおちおち眠れないという心持ちになりました。
そんな思いで日々過ごしていた時、私達が寝ている場所(リビングと併用)の天井のつり下げ式の電灯をチェックしてみるとグラグラと動くのです。地震がきたらひとたまりもない感じです。このままでは拙いので、仲介業者に言って、無理に新しいものにとりかえてもらったのが2月15日でした。
その後、1月以上経過し何事もなかったので、今は平穏です。大家さん、仲介業者には当初腹が立ちましたが共に悪意はありません。なのにこういう状況に至ってしまったのは何が悪かったのでしょうか?
入居希望者は事前にチェックし了解の上、入居したという前提で契約書は作られています。私の方は犬が同居できるというのが条件でしたので、選択の範囲が狭められたということもありました。
かようにいろいろ起こった仮住まいですが、いい点もあります。家の中が暖かいこと、風呂はなかなかいい、散歩に行く川べりにカワセミがいるなど。

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2014年11月11日 (火)

二世帯住宅

今の住まいは、妻の実家の土地に、約10年前、私が資金提供して、建て増し&リニューアルしたものです。義祖父が存命中で、形態は2世帯住宅です。

このたび、娘夫婦から少し建坪を増やし、完全2世帯にして、一緒に住みたいというオファーがあり、この2カ月実現に向けて検討してきました。
私は新座の家は売り払い、今の家が最後と思っていたのですが、まだまだ先があったのです。娘夫婦のオファーは、我々夫婦にとっては「いい話」と理解し賛成しましたが、様々な問題が当然のごとく発生し、「すべった。ころんだ。」の展開になりました。
9月初めより、動き始め、施行業者が決まる10月末まで、もう無理?とあきらめかけたこともありました。私は当初地下室をつくり、そこを音楽ルーム兼居住空間にするという夢が実現できるかとはりきってみたのですが、地下室の水まわりの話と坪あたりの単価が高く、早々と夢を取り下げねばなりませんでした。
決定については、婿殿、娘、妻、私の4人の意見がまとまらないとこの話は実現しません。4者4様で皆意見を言う権利があるという状況です。婿殿はローンを組んでお金を出す人。娘は子育て絡みの今回の言いだしっぺであり、震源地です。妻は、土地の所有者で、私は資金援助者という立場です。
予算とローン、相続問題、基本仕様等、全てを考慮して、ハウスメーカーは決めねばなりません。D社、SA社、SB社、W社の4社から価格交渉も含めて見積もりをとっていたので、2カ月間休みはほとんどつぶれました。結局、七転八倒した挙句、こちらの要望をほぼ叶え総合的に優位性がある大手のD社に発注することでまとまりました。
正月は今の家で過ごし、1月20日頃から解体工事、一時退去し、5月連休に入居という予定になりました。ここまで結構、私は疲れましたが、今回の話は前向きな話であり、晩年新しい家で3世帯6人で過ごせるというのは有難いラッキーなことです。天に感謝!!

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2008年6月22日 (日)

ケアハウス

昨日は、叔母をケアハウス「新座ライフ」へ連れて行き、往復5時間半家に帰ってきたら、珍しく疲労感があり、何もしないでそのまま寝てしまった。新座ライフには入居希望を出し6人待ちであったが、なんと2ヶ月で権利到来ということで、最終契約の前の確認が主意であった。予定よりも早い入居であり、本来喜ばしいことであるはずだが、なぜか充実感、達成感がない。疲れていたのはこれが原因である。T施設長との話を思い起こすにつけ、やはり1つひっかかっている事があった。「自分で生活できなくなれば出て行ってもらいます。」「ここで生活している人の平均は4年です。」「いてもらうかどうかの判断は私たちがします。」など。私はもしかすると重大なミスを犯したかもしれない、と思い始めた。昨年、叔母の実情を見るにつけ、今後動けなくなった時を想定して、ケアマネージャーの話もあり、ケアハウスを薦めた。最初に行った小平のケアハウスは、介護つきでほとんど死ぬまで面倒をみてくれるところであったが、毎月の支払額が12万円を超え、叔母の年金では無理。第一、叔母からの同意も得られなかった。その後、別のケアハウスも見てまわり、月の支払い、トイレや浴室が部屋についている等で、新座ライフが叔母の気に入ったので、進めていったというところである。その間、親戚間の負担や保証人の問題をつめて本日に臨んだものである。しかし進める途中でコンセプトが変っていることに気づかなかっただ。医療、看護、介護つきであること、叔母が気に入る事、支払い能力の範囲にあること、この3つを満たすところでなければならないのだ。本件はRESETして考え直したほうがよさそうだが、関係者の意見を聞いてみよう。

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2008年4月28日 (月)

青色申告

3月に起業したのはいいのだが、青色申告というのがよく分からない。青色申告会という便利な仕組みの会員となり、会計担当の妻を6月から「複式簿記」の集中セミナーに出席させることにした。それにしても、知らない事が多すぎる。知らないと言う事は大変なことで、質問ができない、未経験の不安、未完了感等、精神的にいい方向になかなか向かない。「弥生」という会計ソフトを購入し、そのとおりやれば楽勝と聞いていたが、私の能力ではとんでもないということ自覚しきりである。新しい事が勉強できる、それを喜びにできるよう妻ともども研鑽を誓った。

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