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2014年9月12日 (金)

記者会見

A新聞が揺れています。昨日、前代未聞の社長の記者会見がありました。内容は、「原発Y調書」についてということでしたが、話は予想通り他にも及びました。

実は、11日のPM5:00に、A新聞K社長のPM7:30からの話の内容について、Aさんがラジオで語っていました。1に原発Y調書、2にIさんの原稿掲載中止に関する謝罪、3に従軍慰安婦問題に言及するというものでした。結果はズバリ当たり。今後木曜日夕方のラジオは欠かせませんね。
K社長の会見は、TV朝日のニュースステーションで見ましたが、様々な想いが去来しました。
まず、残念なのは、なぜこの歴史的緊急会見をメデイアが生中継しないのか?ということです。NHKかテレ朝でやってもいいのではないか?単なる1放送局の謝罪会見という位置づけで、自社の電波は使えないということなのでしょうか?従来の考え方や慣習やマスメデイアのあり方そのものを見直す歴史的な瞬間かもしれないのです。扱いが軽すぎる気がしました。
私は、毎月コラムを執筆している「月刊新松戸」の中で、昨年8月と今年6月にマスメデイアをとりあげました。前者は国力を削ぐ報道とその在り方、後者は各新聞の論調の違いについて述べました。今回のA新聞の記者会見は私のこの主張の正しさを認知、証明した出来事となりました。
A新聞の主張が世界に流れ、日本という国の国力を貶める結果になっていることの責任は重大です。それがここにきて、「あれは間違いでした。」ではすまないでしょう。
ただ、間違っていたとわかっていても認めず逆キレするよりも、是は是、非は非と認めた点はまだ救われ感はあります。私はA新聞は好きな新聞なので、いままでの立ち位置は崩さずに正しい報道に心がけて欲しい。
そして今回不祥事の社会的な責任を納得のいく形できっちりと果たしてほしい、と思います。
今回の一連の不祥事はマスメデイアの存立さえも危ぶむものではないでしょうか?

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2013年5月12日 (日)

「概念化」と「細分化」

今回のテーマは「アベノミクス」についてです。我々はこれをどう捉えたらいいのでしょうか?

ずばり、結論から言います。「概念化」と「細分化」の2つに分けて考えるべきだと私は思っています。様々な内容を1つのキーワードにまとめる「一言で言うと○○である」というのが「概念化」です。一方、「具体的に言うと、○○××です。」というのが、「細分化」です。総論に対する各論、統合に対する分類・整理という言葉とも類似していると思います。
「概念化」がうまく受け容れられると、どさくさにまぎれて、「細分化」までが混同され、なしくずしにすべてが承認されてしまうという現象がよくあり、私はそれを恐れています。「あばたもえくぼ」となると正常な判断ができなくなってしまう。逆説的に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎し」という言葉もあります。

「アベノミクス」は、「インフレを起こしデフレ・スパイラルから脱却することで、経済から日本を立て直す」という政策であると私は認識しております。2013年5月中旬現在、この政策は見事に目標を達成しています。1ドル100円超の円安を背景に、株式市場は日経平均15000円に迫り、2008年9月のリーマンショック以前の水準に戻ってきました。2013年3月期の決算が次々に発表されていますが、輸出関連会社は軒並み、予想以上の上方修正となっており、それが株高の根拠になっています。一般の人たちの間では実感がないというのが正直なところでしょうが、企業の資産価値は著しく上昇し、今後の見通しも大幅に良化し、バブル時代の好況を彷彿させています。今、最も歓迎すべきは、健康保険組合等、運用益で大損をし、赤字になった組織が、莫大な利益を得、一挙に黒字化するであろうという状況展開です。そうなると、経済の基盤が一挙に安定する、このプラスは大きい。故に、「アベノミクス」は、所期の目的を達成し、概念化的にはプラス評価となるでしょう。

それはそれとして、その他の政策については、1人1人が個々の課題を整理して、経済政策とは切り離して考えて欲しい。「細分化して整理する」と言うことです。
 
原発問題は「安全が確認されたら再稼働させる」と言っていますが、真下に活断層が走っていると専門家が言っているのに、再稼働ありなのでしょうか?
 
憲法改正の課題については、次の選挙の争点になるようですが、1人1人がこのテーマについて勉強し、意見を持って欲しい。日本人全体がムードに流されて「烏合の衆」になったら大変なことになります。

「概念化」と「細分化」は共に大事な考え方ですが、使い分けましょう。経済政策がうまくいったからといって、それを他の施策にスライドさせてはいけません。総論賛成、各論反対でいい。国民一人一人が個別テーマを勉強し、冷静で納得のいく判断がなされんことを切に願っております。

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2009年12月29日 (火)

2009年

2009年も残りわずかになりました。どんな年だったのでしょうか?世相編として、私流に3つの視点から展望してみました。

1つめは、「変化」の年であった、ということです。「変化」は米オバマ大統領で有名になった言葉ですが、特に政治の世界は国内外とも初物ずくめで大変化の年でした。政治が変われば、生活が変わってきますので影響力は大きい。。長年の閉塞感からの脱皮を日本国民は選択しましたが、思ったように事は運びません。今は、我慢の時か、はたまた爆発寸前のイライラ状態なのか、ただがっかりしているのか、そのエネルギーの大きさが今後を決めるような気がします。陪審員制度や事業しわけ、脱官僚ー政治主導も「変化」でひとくくりです。これからは、「変化を楽しむ」というのがキーワードとなるのではないでしょうか?

2つめは、100年に一度の「モチベーションダウン」の年であったということです。それは、雇用状況に現れています。失業率はついに、5.5%超となり、再就職もままならない状況が相変わらず続いています。全労働者数の1/3が非正規労働者であり、年収200万円以下の人が約1000万人と言われて良化の兆しがみえません。新卒の内定水準にしても最悪レベルに近い。老若男女を問わず就活がままならず、1人1人がどんどん自信を失っているのがキャリア・カウンセリングをやっていると現場感覚として伝わってきます。私の関係している企業でも、リストラの嵐が吹き荒れ、相当数の人が人生の岐路に立たされました。これが、100年に一度の「モチベーションダウン」と言った所以です。

3つめは、健康の視点から、私は、「鳥インフルエンザ」をあげます。空港におけるチェックが全然機能しない、11~12月の感染し放題状態、マスクとうがいしか言えない注意事項等様々な弱点を露呈しました。これが、SARSだったらと思うとぞっとします。私は、今年後半は、高校、大学をはじめ、ほとんど毎日人ごみの中にいましたが、年のせいか、いまだ感染していません。最近、マスクの人やゴホゴホやっている人の数が、携帯電話を見ている人より少なくなったと話していた矢先に、感染者ダウン傾向が昨日発表されました。

他にも、様々なニュースがありますが、本日は紙面の関係上、この程度でとめておきます。自分自身の振り返りは、恒例により、大晦日で。

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2009年9月19日 (土)

鳩山内閣誕生

16日、民主党の鳩山総理が誕生。すぐ鳩山内閣が組閣され、始動しはじめました。「脱官僚政治」をスローガンに、初日から、各担当大臣が各持ち場で同質のパフォーマンスをみせました。リーダーシップとモチベーションの高さが伝わってきました。考えてみれば、現在の官僚政治と言われている素は、明治維新後の大久保利通以来の政治家のあり方に起因しているように思います。閣僚が、官僚を秘書のように使い、勉強せずにふんぞり返っていた結果が、現在の官僚依存型です。

鳩山内閣の閣僚は、判で押したように、みな断言型であるのが、1つの特徴です。検討します、というどっちともとれる発言ではなく、考えや方向性をはっきり言います。なかでも嬉しかったのは、「後期高齢者医療制度の廃止」と「母子加算の復活」です。この2つは、弱いものいじめの極みで、どう考えても理不尽です。舛添前厚労大臣ができなかったことですが、やる気があればすぐにできるようにも思える課題です。そしてそれが該当者にとっては、死活問題なので事は重大です。長妻厚労大臣がやる、と断言していました。

世の中に変化を起こす時、できると考える積極派と無理と考える保守派が、各々20%ぐらいあるように思えます。考えるフレームの枠がどこまで広がっているのか、がその分岐点でしょうが、私は、できると信じて狂進すれば、大概は成就すると思っています。今回は、財源問題が言われているようですが、官僚機構の無駄が見えている人と、それが当たり前で疑問を感じない人とでは、話が噛み合うはずがないのです。

「社内突破力」で示したように、改革には、抵抗勢力が必ず出てきます。今回も一部報道され始めています。これからの推移は興味津々。政治から眼が離せません。私は、9月17日の朝刊は保管しました。新聞の保管は関西大震災の時以来です。一方、自民党は、新総裁の選出で立て直しを図ろうとしていますが、意は民からはズレており、立ち直るのには時間がかかりそうです。

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2009年1月 9日 (金)

ワークシェアリング

ここに来てワークシェアリングという言葉がよくつかわれています。昨年後半の派遣切りの問題に端を発し、その対策の1つとして浮上してきました。ワークシェアリングは、1970年代オランダやイギリスで効果をあげた方法で、雇用維持と雇用促進の両方の意味があった、と記憶しています。さて、TDKが6000人?の解雇を発表したようですが、最悪の雇用情勢から脱け出すためにどういう手があるのでしょうか?今日も国会で景気対策としての定額給付金が問題になっていますが、雇用施策については完全に現場と乖離しています。

かって、リストラという言葉が流行った頃、リストラされても特別退職金がONされるというのが大手のやり方でした。一時的に職を失ってもお金があるからある意味歓迎すべき状況と捉えた人もいたはずです。電機業界等、基本給の数年分をONするというのは破格の条件でした。ところが今起きている問題は違います。退職金はなし、住む場所もないという派遣労働者を核とする労働市場が悲惨な状況に喘いでいます。

雇用維持と雇用促進について、私の意見を述べます。景気が悪くなったら、大量の人をきるのではなく、社員の給料を下げて対応する、そして社内の従業員相互でワークシェアリングを導入する、というのはどうでしょう。景気が良くなるまで我慢してくれ、というスタンスは緊急の場合、受け入れやすいのではないでしょうか?解雇よりましですし、皆で我慢して乗り切ろうという気運も出てくるでしょう。自分は安全、人はどうなってもいい、ということはないはずです。

諸問題の処理に追われている、例えば社会保険庁の改ざん問題の処理について、巷に溢れている労働力を使って、一挙に片付けてしまう、というのはどうでしょう?定額給付金の2兆円があれば、この策は簡単にできます。世間も拍手喝采、一石三鳥の策と思うのですが・・・・・。官公庁で人が必要とされているところにワークシェアリングを導入して人海戦術で問題を一挙に解決するという案です。

政府施策を立案するときに、この位の検討はされないのでしょうか?点での施策ではなく、イメージを絵にした立体的なVISIONを描くことが必要ではないでしょうか。定額給付金を受け取るかどうか、などを議論している場合ではないでしょう。

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2008年11月 8日 (土)

引き際

TBSのニュースキャスター筑紫哲也氏が亡くなった。74歳肺癌と聞いた。最近では、人の寿命は、80歳を越えることが多く、70歳代は若いという感じがする。筑紫氏は本年の4月も韓国の大統領へのインタビューでTVに出ていた。抗癌剤の影響を思わせる毛糸の帽子をかぶって痛々しい限りであった。人間ここまでやらねばならないものであろうか?彼は生涯現役を通したが、そうじゃない人も大勢いる。今日は人の引き際というものについて論及してみたい。筑紫氏と反対にいとも簡単に幕を引いてしまった人は、福田前首相だ。前も申し上げたように、彼の場合も同情すべき点はある。まあそれはおいといて、ここでは、この2人を両極端として、今年現役を去った人達を展望してみよう。まずは、ソフトバンクの王監督。惜しまれてやめることになるが、昨年胃癌を患っているので周りは余計なことはいわない、いえない。引き際としては見事である。次はオリックス清原選手。彼のやめ方は、同僚の桑田選手に似ている。野球選手として結果がだせなくなるまで自分を追い込んで力尽きた感じである。選手としての盛はとっくに過ぎていた。マラソンの高橋尚子選手の場合はどうか。走れるだろうが、以前のようなパフォーマンスはもう出せない、と言っているように聞こえた。自然で非の打ちどころのないやめ方である。全く逆に、パフォーマンスが出せず思い悩み自殺してしまった円谷幸吉選手を想い出す。以上、今年幕を引いた6人をみてみたが、私自身の思いは、高橋尚子選手に近い。会社員の場合、パフォーマンスといっても見えない部分もあるが、だからこそ潔さと後輩尊重の姿勢を堅持していこうと思っている。私が早期退職したのもこの視点があるからだ。企業研修の講師や講演、現場のカウンセリング、コーチング等の現在の仕事のどれをとっても、クライアントに対して申し訳ない、失礼というレベルを自分で感じたら、即やめようと思っている。プロのキャップをかぶれるうちはいいが、かぶれなくなったら潔く身を引こう、と私は思っている。だから、筑紫氏のような生きざまは私はとらない。今年一番格好よかったのは、有終の美を飾った陸上短距離の朝原選手であろう。

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2008年9月19日 (金)

社会保険庁

社会保険庁の改ざんが組織的に行われていたと舛添厚生労働大臣の認識コメントがあった。6万9000点の改ざんなど組織的以外のなにものでもない。本ブログでは、リアルタイムに興味のあるニュースについて私の視点から時折意見を述べてきた。石油の高騰、政権放棄、2世議員、秋葉原事件、相撲協会など怒りのケースが多いが、言いたい事が山ほどある社会保険庁についてここまで言及しなかったのは不思議だ。理由は、他のニュースと社保庁の事件は異質であり同様に語りたくなかった事とこの所やや報道が少なかった事が考えられる。社会保険庁の事件ははっきり犯罪である。他人の金を騙し取って使い込んでいるのが着服という行為だ。人が自分の老後のために国民の義務として払うなけなしの大事な金を見つからない仕組みだからとして着服した。これが犯罪じゃなくてなんだ。ここまで、はっきりしたのはたった1人である。もう1つは、改ざん。公の書類の金額欄を勝手に改ざんする。私は信じられない。このような犯罪は組織的に、風土的に、歴史的にやられていなくて一個人ができるわけないだろう。調べるといっている人間が過去やっていた、というパターンであるが故に、きっちりした結果がでるわけがない。やった人間は万死に値する。上から下まで名乗りでて国民に誤って、刑務所へいくべきだ。密かに様子を伺って戦々恐々としているのであろうが人間として恥ずかしくないのか?もはや人間としての尊厳などない人たちだ。朝日新聞には、名乗り出ないメカニズムが紹介されていたが、やった人間は速やかに名乗り出ることが勇気ある社会貢献行為である。いや名乗り出て芋づる式になってほしいと願う。犯罪なのであるから、マスコミはもっともっと執拗に追求すべきだ。いままでブログで数々の論評を述べたが社会保険庁よりははるかにましである。議論や討論のレベルではない、犯罪なのだから・・・・・・。この問題が私にとってはもっとも腹立たしい。

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2008年9月11日 (木)

最新世相三考

どうしてもこのタイミングで書いておきたいことがある。最近の世相についてだ。今日は、江の島の担当日で、ここにも様々な人間ドラマが展開し興味がつきないが、今日は敢えて最新の世相のほうに言及したい。まずは、大麻汚染の相撲協会。北の海理事長の理事降格の話。理事としてとどまるなどとんでもない。相撲協会は改革などできない、と断言する。私はM社での苦い経験がある。私の前の社長は、社員に強烈なパワハラをした結果、部下から讒言、罷免された。しかし、なぜかF社はその前社長を取締役として残したのである。前社長は自分のほうが知っている部分で、粗を見つけて自己パフォーマンスした結果、取締役会は毎回荒れ前に進むのに大変難儀したものである。まさに獅子身中の虫であり私は彼を排除するのに約1年要した。これと同じことが三重の海新理事長にふりかかるであろう。第二は、官の無駄遣い。自民党の総裁候補が5人出揃ったタイミングで、TV局のアンケートで国民が圧倒的に求めているのは、官の無駄遣い廃止という事柄である。諸悪の根源は、予算制度と役人の大企業病にある。予算は全部消化しないと翌年の予算が減らされる仕組み。だから、年が明けてから、無駄遣いする。大企業病に罹った茶坊主達にはもはや税金などという概念は全くない。経費を余したら翌年増額するとか、表彰するとか、優遇し、毎年満額を使い切る部署と内容を徹底的に監視するなど、この仕組みを抜本的に変えないといつまでたっても100年河清を待つだ。私は公務員の無駄遣いは使用経費のうち20%はあると見ている。こういう事にこそマスコミはキャンペーンをはれないものだろうか?第三の点は、事故米転用にみられる食品の偽装表示等の問題である。経営者はコストダウンを図るため禁断の麻薬に手を出してしまう。一度やったらもうやめられない麻薬。それが偽装表示等である。みつからない時点ではやり手の経営者として認められたことであろう。しかしつけは必ず廻ってくる。官の規制が厳しい中、追いつめられた結果であろうが、百花繚乱?次から次へ出てくる。しかし許されるものではない。まだまだ氷山の一角であろうが、麻薬をやっている経営者は毎日熟睡できないであろう。結局は、正々堂々まっすぐに進む本物のみが残るのでないだろうか?偽者が淘汰されている、私はそう感じるのである。これは食品だけの世界ではない。

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2008年8月29日 (金)

集中豪雨

8月の中頃から、かって経験していない「局地的集中豪雨」という天候に毎日見舞われている。概ね曇り空で、急に1時間に100ミリ程度の大雨が降る。時には晴れ間も顔を出す。もう2週間以上も続いている。集中豪雨の被害は、一気に水量が上がる事による水害や土砂崩れ、となって現れる。マンホール内で作業していた人や車から脱出できなくて被害にあった人など悲惨な状況が続いている。聞くところによると、これは積乱雲が降らす雨で、南から暖気と北からの寒気に挟まれて、東から西へ、南から北へ移動しているという。気象庁の係官のする説明はすべて後付けで国民のなにものにも寄与いない。私は地震予知の項でも書いたが、この分野の研究は巨額な税金を使っている割には全く現実には機能しない無駄遣いと思っている。今回の対策として、気象庁関係者は、「局地的な大雨を予測するためにもっと多くの場所に大雨検知器を」というおねだり対策をまた出すであろう。そして巨額な税金が投入されるが全く国民のためにならない事態がまた起こる。こんなイタチごっこみたいなやり方はもうやめてもらいたい。予測しきれないものにではなく、起きた後の対策に資金投入するならまだ納得できるが・・・・・。その金を高齢者医療に振り向けるべきだ。天気予報そのものが当たらないではないか?週間天気予報などでたらめもいいところである。今年は、暑い夏が長く続きますと予想したのはどこであったか?今年は、温度的には過ごし易いレベルが続いており、ある意味、冷夏である。この天気予報のいい加減さにクレームがついていないのであろうか?罰則が無いから気楽なものだ。今の天気予報は、競馬の予想と同レベルだ。そして何か困ったことになると、地球温暖化というキーワードが出てくる。ここにも私の怒りにふれる問題が存在している。

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2008年6月10日 (火)

秋葉原無差別殺人事件2(分析)

秋葉原の事件について、産業カウンセラーとしての私の立場から分析してみた。以下はあくまでも私見である。この事件の発生には、大きく3つの要因が相乗的にからんでいる、と考えている。最もベースになるのは、思うようにいかない自分に苛立ち、「人生に失敗した」→「世の中が悪い」→「見返してやる」→「世の中に、人に、仕返ししてやる」といった攻撃的な厭世気分がマグマのように犯人の心のなかに醸成されていたということであろう。このマグマが活火山のように噴火を待っていたということだ。2つ目の要因は、目立ちたがり屋の性格。プログのなかで、ワイドショーのビッグ・ニュースになって、世間に存在感を示したい、という意味の一節がある。おそらくちやほやされた小中学校時代の快感が忘れられなかったのではないだろうか?それは、一度売れた芸能人などと共通の感情かもしれない。心のマグマと自己顕示欲、この双方を結びつける線が、秋葉原の無差別殺人の計画だ。この計画を実行にうつすには、導火線によって火をつけることが必要である。その導火線の役割を果たしたのが、「きれる」というもうひとつの性格である。この導火線がなければ、かような事件をひきおこすことには、ならなかったはずだ。そして、ある出来事がその導火線に火をつけた。それが、私が昨日のブログで言った「思い込み」である。マグマの存在とそれを押し上げる性格という誘発要因、そして導火線、この3つがすでに用意されていて、思い込みを契機に火がつき暴発した、それがこんな悲惨な事件になってしまった、と私は、考えている。

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