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2016年9月 2日 (金)

キャリア・ヒストリー

7月のカウンセラーの勉強会で「My キャリア History」を発表することになりました。昨年S大学のキャリア授業によばれスピ^カーとして話をしましたが、カウンセラーの前で約4時間お話ししたのははじめての試みでした。
 
実は、T大の今年の授業で、M先生に「キャリア・ヒストリー」をお願いし、進め方や資料の作り方の下地は出来ていました。一方、カウンセリングの世界では、クライエントの過去の人生を傾聴し、そこから光を見出し、今後の人生に明かりをともすという「ライフデザインアプローチ」や「ナラテイブセラピー」と呼ばれる手法が流行りそうな情勢になっていました。
 
この2つの流れを合わせ、私の人生をネタに、勉強会のテーマにされたというわけです。
構成は3部構成としました。1部は「自分史について」。特に在職中に仕事にしていた「写真の自分史」について、昔の仕事仲間のS氏(今これをライフワークにしている)作成のPPを許可いただき、抜粋説明をしました。2部は、M先生のフォーマットを使用し、私の経験を書き込み、ポイントを説明いたしました。そして3部は、私の人生をネタにこれを使ってどうカウンセリングするか、という相互討議の場としました。
自分の人生を語るのは、恥ずかしさが伴い勇気がいりましたが、当日は皆が熱心に聴いてくれたので、楽しくやれました。そして、私自身の「自己理解」を深めるには大いに意義がありました。
当日は時間がおしてしまい、カウンセリングの実践までには至りませんでしたが、後日セルフ・カウンセリングをやってみて、実は「大きな自分の幹」を発見しましたので、本日披露させていただきます。
それは、私の人生は3つのステージから成っていて、今最後のステージに来ているという認識です。具体的に言うと、1.武力にあこがれた時代、2.知力UPに傾注した時代、3.人間力をあげることに最大の関心を向けている時代の3パートです。
1.「武力」の時代は、小学校から52歳まで長期に亘ります。「強さの裏付けがあってこその優しさ」という極真空手の大山館長の言葉を常に意識していました。時代劇や西部劇などを幼少の頃から好み、剣道や空手、プロレスといった格闘技が好きでした。しかし、それは「憧れ」のレベルで終わり、中途半端の感は否めません。
2.「知力」の時代は、高校から52歳までです。T大めざして勉強に全力投球した時代がスタートになります。この兆しは、中学の算盤の上達スピードや中3の3学期に得た勉強の成果がベースになっています。「知力」については、やれば結果が出せるというはじめて自分に自信を持ったのがこの時期です。
3.「人間力」(その1)は、「自律力」です。35歳から52歳までの間はひたすらこの力を養成し使いまくっていた気がします。私の35歳は最愛の母が亡くなった年です。母の死を転機とし、人に頼る自分を追い出し、何事も自分の意見を持ち、決断ができる人間をめざいて生きてきました。「人間力」(その2)は、52歳から現在で、「人徳」と言われる力です。今現在は人徳を得るために生きていると解釈するとすべてすっきり収まるのです。特にこの2~3年は自分のためではなく、親戚の叔母のためやNPOのため、私を慕ってくれる人のため、困っている学生のため等、に時間と体力を使っていることが多いのです。私は何のためにこんなことをしているのだろう、と思うことがよくあるのですが、このように「人徳」を求めていると考えるとすべて説明がつき、すっきりします。モチベーションも上がりました。
この1~3のステップを如実に表わしているのが、愛読書の「三国志」です。まず最低必要とされる能力は、関羽や張飛、呂布に代表される「武力」です。しかし、武力も孔明や司馬懿の「知力」にはかないません。しかしその孔明が尊敬したのが劉備玄徳です。「人徳」が最もめざす高台にあると私は解釈して「三国志」を読んでいました。スランプになると「三国志」に救われたものです。
ちなみに52歳は、病気で生死をさまよった年でした。

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