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2014年2月12日 (水)

地力と実力の違い

冬季オリンピックが開かれていますが、残念ながら日本勢は今一つ目論見のような結果が出せていません。目論見と結果が著しく乖離したとき、どのように考えたら、「気持ちを開放し前に進むことができるのか?」これは大きなテーマです。

先日、私は某国家試験を受験し、失敗しました。筆記試験と実技試験の両方、規定以上の得点をとらないと合格にならない試験ですが、実技試験で沈没しました。

筆記試験がうまくいき、久々の実技試験に胸をわくわくさせて当日は臨みました。体調は万全で最高の状態でしたが、落とし穴がありました。事前練習で確認していたにもかかわらず、ケアレスミスを連発し、自滅しました。本番で当たり前のことができなかったということです。

私の場合は、試験に失敗したからといって、生活に変化はありません。誰かに迷惑をかけるわけでもないし、一部の人たちの期待に答えられなかったという自分の不甲斐なさが残った程度で済みます。まして、来年チャンスはまたあります。ところがオリンピックの選手はそうはいかない。次は4年後です。すべての生活や遊びを犠牲にし、4年に1回、短時間の競技にかける、そしてうまくいかなかったら、と選手の心中を察すると、胸が締めつけられる想いです。

このような最近の私自身の経験とオリンピックの観戦から下記の考え方が生まれました。

悪い結果が出たら、酷のようですが「これが実力」と思うようにしたら、どうでしょう?自分に責任があるという「自責」の概念です。
 
ケアレスミスが出る、変化に対応できない、周りの方が役者が上だった、ツキがない、採点の不平等など、これらを最高の場面で総合して出た結果が「実力」と解釈するのです。すると、次に打つ手が明確になります。前述の例では、用意周到力の養成、変化対応力のアップ、他流試合や外部調査、ツキをよぶ方法などが対策となります。

一方、実力の大きな部分を占めるのが、「地力」です。潜在的に持っている能力のすべてを表します。地力がうまく発揮できたときに、それが実力として表に出るという考え方です。

偏差値と地頭、IQとEQという概念に似ています。どうしたら、地力を発揮できるか、この一点に集中して、「これが実力」という大きな舞台に立ち向かっていければいい。

物事に挑戦し結果が思わしくない時、人は様々な反応を見せます。敗因の分析をする者、悔しがる者、愚痴や言い訳を言い続ける者、落胆し停滞してしまう者、あっさりあきらめてしまう者、忘れてしまう者など、人それぞれです。しかし、最も大事なことは、終わってしまったことは素直に受け容れ、次に前に進むことができるかどうかです。そんなときに「地力と実力の違い」を明確にする、という考え方は有効に機能すると思うのですが、如何でしょう?

 

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