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2010年3月

2010年3月21日 (日)

究極の大渋滞

3月のお彼岸は恒例により「墓参り」に行くことにしています。今年は、都合により、20日(土)3連休の初日に出かけました。めざすは、「所沢聖地霊園」。所要時間は自宅から約2時間とみていました。

今年は、曇と雨が多く、快晴の日が少ない、という傾向にあります。20日は、久々に晴れて温度の高い気持ちのいい日でした。女房殿と2人、家を出たのが、AM10:00。横浜新道「今井」から第3京浜に抜け、環8に入ります。環8から川越街道に入れば目的地まで20~30分です。神奈川ー東京ー埼玉と3県を駆け抜けます。

第3京浜に入ると、標識に、玉川料金所から1K渋滞と書いてある。まあ、「よくあることだけど標識が出るのは珍しい」と思いながら、現地に着いてみると、料金所の手前から渋滞が始まっていました。ETCのレーンが大混雑で、普通レーンは車が皆無という、昔では考えられない現象がそこにはありました。料金所はなんとかぬけたもののそれは苦しい展開の序章となりました。環8は、全線渋滞していて、所沢の現地に着いたのは、PM3:30。途中食事をしたので走行時間は5時間弱というところでしょう。

帰りは、吉祥寺で、娘の手伝いに行く女房殿を下ろしたところで、スイスイ行くだろう、と楽観したのが大間違い。PM6:00でまだ東名瀬田の手前でした。環8は、往路も復路も1日中渋滞していたということです。横浜新道もノロノロ運転で、家のそばまできて、国道1号線も渋滞でした。結局、家に着いたのが、PM7:50。1日の運転時間は9時間です。今回の渋滞は私がいままで経験した中でも最も酷いものでした。まさに、「究極の大渋滞」です。

さすがに疲れました。怒り、情けなさ、哀しさなど、様々な感情が交錯しました。後日のため、この感情は分析してみよう、と思っています。原因は何だったのでしょうか?私の勝手な推測は、高速道路休日オール1000円が第一原因、第二原因は久々の春の陽気、とみましたがどうでしょうか?昔心に刻んだ法則を想い出しました。三連休で動くなら真ん中の日にすべし!!

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2010年3月19日 (金)

終了=スタート・ライン

3月は年度末です。高校のカウンセリング業務がこの18日で、めでたく終了となりました。全35回の契約で、1回2時間、通うのに、1時間15分かかり、火曜と木曜の週2日勤務。ほとんどボランテイアなのですが、キャリア形成にもいい経験にもなると思い、引き受けました。しかし、7か月弱は長かった。この半年間のタイム・マネジメントには苦戦しました。今は契約を全うしてホットした感じです。クライアントが少なく苦戦しながらも、とりあえず、文科省へのレポート制作まではこぎつけました。高校のキャリア・カウンセリングの実態を経験したことは、今後の私の活動に新たな視野を与えてくれました。

吉川英治の「私本太平記」全8巻を読み終えました。読み始めたのは、高校のカウンセリングを始めたのと同様昨年の9月頃でした。足利尊氏の南北朝時代の抗争を描いたものです。最初は貴族言葉など読みづらかったものですが、途中からスピードがアップし、後半は一気に読んでしまった、という感じです。歴史小説の長編は、読み終えた後の達成感が大好きで、次は何を読もうか、とすぐ考えます。終了=スタートラインという感覚です。

15日に2人目の孫が誕生しました。元気で腕白そうな男の子です。予定日より、1週間遅れての出産でしたので心配していましたが、母子ともに無事問題なくホットしました。このような場面では、男は全くの無力。心の中は心配で一杯なのですが、なにをどうしていいかわからない。結局、何も言わずに、泰然自若の風をよそおうと無理している私がいました。18日に高校で最後の挨拶をした足で、生まれたての孫の顔を見てきました。嬉しい瞬間です。彼にとっては、無から有となり人生のスタートラインにたった、というところです。

人生は因果応報、すべて連続していると思っています。これで終了ではなく、1つの終了は、新たなスタートラインです。このような1つ1つの終了という行為=スタートラインの積み重ねこそが、「キャリア形成」と思っています。

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2010年3月12日 (金)

7番勝負

昔、「新吾7番勝負」というのがあったやに思いますが、2月の初旬から1カ月間のスポット仕事を、私は7番勝負として位置付けてきました。基本的には、1つ1つ丁寧に片づけていくしかないのですが、スタート時は7つの仕事を抱え、気合いを入れて臨んだものです。3月11日をもって、7番勝負は終了。月曜から金曜までレギュラーをこなしながらのスポット仕事でしたので、やりきれてほっと一息ついているところです。このタイミングで総括してみます。

番勝負:2月6日(土)再就職セミナー講師  対象:再就職希望者31名。

     3時間   結果―◎、斬新性があり、OKメッセージの評判良好。

番勝負:2月10日(水)コーチング勉強会講師 対象:T大の先生方約10名 

     1時間座学 1時間討議  

     結果―○ 過去のプレゼンをバージョンアップし対応

番勝負:2月11日(祝・木)講師養成テスト 

     テーマに沿った企画案作成と面接プレゼン   

     結果―× 問題の主旨取り違えと準備不足

番勝負:2月19日(金)F社UP研修講師  対象:F社新役職者11名 

     9時間。イメージ・トレーニング通り  結果:◎

番勝負:2月20日(土)F社UP研修2講師 対象:同上    7時間半

     UPはOKであったが、タイム・マネジメントに課題  

     結果:○ (2週間後に入手したアンケートより)

番勝負:2月26日(金)D社向研修計画の立案とプレゼン 対象:D社社員

     結果―○ 構想のみに留まり、不満の提案。D社の好意に助けられる。

番勝負:3月11日(木)東京都K区商工会議所セミナー講師 対象:地元の経営者約60名 結果―× 一生懸命聴いてくれている人に対し申し訳ない気分。用意した内容が多すぎて、後半尻切れトンボ。

7番勝負は、5勝2敗。特にラストの講演会では、私自身多くの新しい課題を発見しました。失敗は成功のもとです。一番の課題は、「タイム・マネジメント」。資料の枚数、遡及ポイント、メリハリ、話し方についても、再度、原点に戻って、勉強し直すいいチャンスを得たと捉えています。

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2010年3月 9日 (火)

事無かれ主義

最近、私の身の回りで2つのショックな事件がありました。

女房殿と5日に社会保険事務所に行ってきました。年金の相談です。現地に着いてびっくり。大混雑です。「消えた年金」の問題は表面上沈静化し空いていると思っていたのですが、社会保険事務所は人また人でごった返していました。受付で聞いてみると、順番で1時間半待ちとのこと。ショックな事件は、社会保険事務所の受付で起きました。受付は年配の女性二人で対応していました。私たちが到着したとき、「ただ、書類を発行してもらうだけなのに、なんでこんなに待たされるの?相談にきたのではない。また、あの部屋は暑いので温度を下げてもらえないでしょうか?」と顔に汗を滲ませながら、切々と女性が訴えているのです。しかし受付2人の対応は冷淡なもので、全然取り合わない。訴えた女性があきらめて「もういいです。」と言われて受付の2人はほっとした顔をしていました。確かに、そこはとにかく暑くて息苦しい。当日は春一番が吹いたこともあり、前日とは様変わりでした。蒸し風呂みたいなので、他の人が抗議にいきましたが、全く無視されました。エアコンを調節する、調節できる人を探す、責任者に話すなど、すぐ手を打つのが普通です。まして健康面の訴えです。私たちは、3時間半待って、暗澹たる思いで現場を後にしました。

2つ目の事件は、女房殿とスーパーで買い物をした時のことです。駐車場の関係で、2000円までの買い物をしようということで、ビール等を買いレジに行くと、計算より700円も安い。レジの計算ミスなのですが、レジ係の年配の女性は「いいですよ。こちらのミスですから・・・・。」といとも簡単に、訂正なしで我々を通したのです。瞬間、ラッキーと思いましたが、この人は経営者からみたらとんでもないことをしでかしているわけです。後に、その場を通ってみると、売り場の責任者らしき人に叱責を受けているようでした。恐らく、レジの技術が未熟なのでしょう。どちらのケースも年配女性の「事無かれ主義」です。

仕事をするからには、ベストの仕事をする。勝手に手を抜かない。少なくとも、客との接点にいる人達は「事なかれ主義」とは一線を画して欲しい。そう思ってきた私には。最近経験した2つの案件は肌寒い限りです。こんなところをいい方向に変えていくことも、日本の経済の活性化につながるのでは?と思ってしまいました。

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2010年3月 4日 (木)

感慨と達成

おかげさまで、私も人並みに齢を重ね、201034日をもって、満60歳に達しました。52歳のときに大病を患い、60歳を生きる目標としていたので、還暦まで生きてこれたことに感慨と達成感を感じます。

仕事仲間で大変親しくしていただいたA商会のN氏。42歳?で、焼身自殺をしてしまいました。入社同期のA氏。海外旅行を共にし、私が入院しているときに、毎日大阪から電話で激励してくれた親友。A氏は、56歳?で急逝してしまいました。もっと近いところでは、私の母親。私が35歳のときに、癌で亡くなりました。56歳でした。このような経験からでしょうか?私は早く還暦にならないかな、と思っていました。事実、還暦を迎えてみて、先に亡くなった人達が私を活かしてくれている、と感じています。

還暦になった月の終わりが定年という決まりでしたから、普通に働いていたら、今頃は、定年の挨拶を考えていることでしょう。「おかげさまで、38年の間、大過なく過ごさせていただきました。」という定年の挨拶がよくありますが、私は、その言葉に抵抗して早期退職した感があります。大過なく・・・・・でいいのか、と天邪鬼に考えます。今や、企業は、勤労実直な指示待ち人間ではなく、提案・自立実行型の人間を必要としています。

先日、コーチングの授業料を会社が出し、会社の勤務時間内である午前中に、コーチングのクラスセッションに参加している人がいる、と聞きました。自分のための勉強には、自分のお金と自分の時間を使って参加してほしい。こんな人達にコーチを名乗って欲しくない!一方で、日々苦しんでいる人がいて、一方でお金をもらいながら資格取得の勉強をしている人がいる。このような理不尽さや矛盾は気がついた時に、このブログでも書いていきたいと思います。

還暦になったからといって、特別なことはありませんが、いままで座右の銘としてきた「一日一生」と「感謝!感動!謙虚!健全!」を、日々励行して生きていこう、と考えております。

次の目標は、65歳です。 

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