還暦祝い
昨年、産業カウンセラー養成講座で、お世話になったW先生の還暦祝いを卒業生一同で、宴会の定番にしていた中華街の青葉新館で行った。先生含めて全員で16名であるが、14名出席。1年近くも経って、この出席率はなかなかのものだ。このような会でいつも感じるのは、当事者に還暦の実感がないようにみえることである。人間というのは、気持ちはいつまでも若く、現状の維持が自然に身についていてスイッチを切り替えるのは難儀なのだろうか?
幹事の私は、出席者の全員にコメントをもらったが、いざ自分の番になって何を言ったか、しょうがないことを長くしゃべっていたような記憶がある。冷静になって、今回のW先生の還暦祝いへの想いをもう一度スピーチするつもりで3つの観点より述べてみよう。
1つ目は、W先生とS先生の2人のコンビに学べた事はラッキーであった、ということ。私が現在カウンセラーとしてやっていける源泉はこの2人の先生にあると思っている。講座の途中では凸凹があったが、基本的に感謝、感謝である。
2つ目は、還暦についての私の考え方。還暦になったら、若返りたいではなく、そこまで生かしてくれた「天」と生きてこれた「自分」に感謝し胸を張るべきと常々思っている。私はまず50歳が、「人生50年」というように1つの節目と考えており、50歳に到達した時はやっと1人前になれたと感慨ひとしおであった。60歳はさらにもっと貴重である。口惜しかったら、60まで生きてみよ、といつも心底思っている。
3つ目は、W先生が協会などでまだまだ活躍されるという事を聞いて感じた事。私は、自分の知人が世の中でどんどん重責を得て出世していくことを心から喜んでいる。人の成功を羨む人も多々見受けるがそれは自分と比較している次元であり、よく考えて欲しい。人脈を生かせるというのは、知人がそれなりに上の地位にいればいるほどリアルになる。いざっという時に、頼りになるのはこのような人たちだ。自分が浮かばれないからといって、知人の出世を羨むようでは、ツキがくるはずもない。という観点から、社会の中枢で、W先生が元気でいることは全く本意である。
以上の3つが言いたかったことのようだ。昨日の宴会スピーチは、悪乗りしてなんか自分の自慢話をしてしまった、また悪い癖が出てしまったような後味の悪いイメージが残っている。自省、自省である。
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